どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

人口5000人の町に生きること…大槌/      《3.11》2014春の巡礼・10日目(4月12日)

-No.0229-
★2014年05月08日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1155日
★オリンピック東京まで → 2269日






◆遠野まごころネット副代表、臼澤良一さんに逢う

 大槌町で、臼澤良一さんに、お逢いした。
 氏にしてみれば、初対面。だが、ボクの方は以前から存じ上げていた。
 いってみれば、有名人と一般人の関係みたいなものである。

 「遠野まごころネット」という、地元の大きなNPOボランティア組織がある。
 阪神淡路大震災をきっかけに動き出したといっていい、ニッポンのボランティアだけれども、一般人の参加にはまだまだハードルが高い。
 組織ボランティアに個々人の都合を受け容れることはムズカシイから、だが、この「遠野まごころネット」はその個々人の都合を受け容れてくれた。
 
 遠野の町にある男女別合宿型の宿泊施設から、それぞれに支援活動先へと派遣される。そこでは個人の意志が尊重され、ある程度は個人の希望も叶えられた。
 ぼくたち夫婦も、ここのお世話になって、ボランティア活動に参加させてもらうことができた。
(活動の話は明日に…)
 大槌町の臼澤さんは、そこの副代表。
 遠野の本部事務所に姿をお見かけしたこともあった。

 それが、逢えることになったきっかけは、氏が雑誌『世界』4月号に寄稿した一文であった。
 タイトルが……それでも「供に生きる」
 サブ・タイトルが……人口5000人の大槌町を思い描いて

 ここでは、文章の中身をご紹介はできないが。
 「ともに」に「供」という字(亻がつく)を使っておられること。
 そうして、《3.11》後の大幅な減少が見込まれる町の人口を、身を削られる痛みを堪え、あえて5000人(この数は震災前人口の3分の1である)と予測して復興を考える、真摯な態度からも窺い知れよう。

 訪ねて行ったのは、遠野まごころネットの大槌事務所。
 復興住宅地のひとつになっている大ヶ口にあった。

 さまざまな活動に身を捧げてきた臼澤さんは、いま、なりわい支援も兼ねたお弁当屋さん「まごころ広場」と、コミュニティーづくりの「神の森」プロジェクトに取り組んでいる。
 それらについては、また近いうちに、詳しくお話しすることになるだろう。

 みずからも津波に流され、危うい命を救われた経験をもち、たくさんの亡くなった人たちの姿を心眼にやきつけてきた臼澤さんは、「自分は最後に仮設住宅を出る」覚悟でいる。
 ぼくは、支援などといえるかどうかわからないけれども、せめて「お終いまで見守りたいと思う」のが、精いっぱいのところだった。

*遠野まごころネット<http://tonomagokoro.net/about