どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

下北の風土…東通原発のこと/        《3.11》2014春の巡礼・8日目(4月10日)

-No.0219-
★2014年04月28日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1145日
★オリンピック東京まで → 2279日










◆4月10日(木)、渺茫…下北…“まさかり”の柄に東通原発

 大湊(むつ市)の朝、下北半島部から三陸沿岸部へ、南下の出だしは雨だった。
 陸奥湾を右手に望んでひた走る国道279号、野辺地まで“まさかり”の柄の部分にあたる約50キロは、車窓の景観に変化とぼしく、うっかりすると朝っぱらから眠気を誘われる。
 
 そうしてボクは、といえば、車窓左手のほとんどが原野といっていい東方、「東通村」への案内標識の方に気をとられがちだった。
 
 昨2013年春、その東通村訪問の顛末は、奇妙に鮮明な記憶にのこっていた。

 まず、役場の所在地。地図のおよそラシくない場所、(ほんとかよ)というところに、それは指示されていた。
 資料をあたって、そのワケは知れた。かつては村内道路事情のわるさゆえに、やむなく村外(むつ市)に役場を置いていたのだという。

 実際に訪ねてみても、まさしくそのとおりの、原野を走った末の新開地に「うひょー」と現れた。
 漫画チックだが、目標にはなっている。
 都会人の目には奇妙だけれど…。
 
 この村の地理、概観。
下北半島の北東、太平洋と津軽海峡とに面した村。北東端に野放し馬「寒立馬(かんだちめ)」でも知られる尻屋崎があり、岬の付近に桑畑山(400m)があるほかは、低い山が点在する程度のおしなべて平坦な地形」
 とあるとおり、とりとめのない原野の風土である。
 東にはかぎらないだろうが、よく風が通ることに間違いはなさそうだ。
 こうした風土に、新開の、それも主となる集落を造るとなれば、思いきった形や原色をもってしなければ、埋没してしまうことだろう。

 「村の街」造りの都会的演出は役場周辺にとどまらない。
 小川をはさんだ緑地には健康と福祉と介護のバリアフリー施設が並び、陽あたりのいい公園風広っ原には絵に描いたような区画割りの分譲住宅団地。小高い丘の上の中学校には全天候型の多目的グラウンドと体育館が整い、その周辺一帯には幼稚園などを集めた文教ブロックが広がる…といった「都会の郊外型」ミニ風景である。

 ただし、原発関連の人たちの入居を別にすると、分譲住宅は売れ行きがよくないらしく、空地がめだつ。原野の冬の吹雪などを想えば、誰もが二の足を踏みたくもなるだろう。

 この役場周辺に整備された“街”から、「村の財源ほかにない」ほどの期待を担った原発までは、またしばらく、一応は“3桁国道”の原野を走る。
 知らずに走ったら見すごしてしまいかねない、わずかな漁家で成り立つ浜の、ぽつぽつと点在するなかにソレは静まり返ってあった。
 太平洋の波洗う長汀に音もなく佇むさまは、ふと映画のセットかと思われもするほどに現実感が薄い。もちろん、内部では再稼働に向けての準備着々おこたりなし、だろうけれど。

 付近の海はサーフスポットであるらしく、若者色の車が数台わがもの顔に停め置かれ、付近のコンビニには老漁師とサーファーの姿とが、ことばを交わすことなく混在していた。

 またひとつ、原発立地の現状と課題が、ボクにのこされた…。

 “まさかり”の柄の中ほどには、「みちのくの菜の花畑」で知られる横浜町。だが、「菜の花フェスティバル」の開かれる5月中旬はまだ先のこと。
 大湊線のレールも、「むつはまなすライン」の舗装路も、いまは黙して雨に濡れていた。

*写真、(1段目)は太平洋の波洗う東通原子力発電所、(2段目左)は東通村役場と交流センターと東通村体育館、(2段目右)は保健福祉センター・診療所・介護老人保健施設、(3段目2枚)は東通村分譲住宅団地「ひとみの里」、(4段目左)は東通中学校、(4段目右)は中学校周辺に施設された文教ブロック*