どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『鳥』                     /ヒッチコック映画主演女優ティッピが告げたこと

-No.0192-
★2014年04月01日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1118日
★オリンピック東京まで → 2306日





◆鳥

 うっすらと笑みを含んで、その女〔ひと〕が街の角を曲がってくる。
 くるっと後ろ姿になる。
 ハイヒールの足もとから腰、背すじ、細めの肩まですらりと隙がなく、うなじから目を魅く髪かたちがすっきりと美しい。
 そう、むなさわぎのアップ・スタイル。
 それも、巻き上げた髪を飾りけなしのヘアピンだけで留めてある。
 後ろ姿に自信がなければできない身の熟し。
 (ティッピ)
 という名が不意に夢のなかから呼び覚まされてきて、ぼくは息をのむ。
 (どういうことだ……だれだって……)
 夢のなかで(はて……)首を傾げると、あきれたみたいにツカツカと彼女の名前がワイプされてきた。
 (ティッピ・ヘドレン)
 たしかに、それが彼女の名だ。しかしそこまでだった。
 ぼくには彼女の得体が知れない。

 無意識に見る夢は、目覚めたあとの意識には障りのないように儚いのだ、とか。
 だから憶えていることも、思い出すのもむずかしいわけだけれど、なぜか、この夢はクッキリと記憶の襞に刻みこまれてのこった。
 翌朝、姿・髪かたちと名前だけはっきりしているその人捜しに、インターネット検索。
 すると、あっけもなく(あぁ、そうか)得体が知れた。
 その人ティッピ・ヘドレンは、ヒッチコック映画『鳥』の主演女優であった。
 彼女の意思的に整ったアップの髪型が、鳥の群れの襲撃に遭ってはじめて乱れた毛さきの震えに、おののく恐怖をぼくはまざまざと思い出すことができた。

 しかし、それにしても……。
 パニック・サスペンス映画『鳥』は半世紀も前、1963年の作品である。その後にテレビ画面で観た記憶もあるけれど、もうすっかり忘れていた。それが、なぜ、いま、忽然と『鳥』なのか。
 ティッピは、ヒッチコック監督に見いだされてこの作品に抜擢された。その理知的な美貌に、ヒッチコックがずいぶんご執心であったと、映画雑誌で読んだ記憶がある。
 そして、ぼくにとっては、なんといってもあのアップ・ヘアが鮮烈であった。
 けれども……。
 ぼくの知るティッピは『鳥』がすべて、ほかにないんだもの、夢のなかでも首を傾げたくらいだ。
 ひょっと意想外であった。
 忘れえぬ女優さんなら、グレース・ケリーとか、イングリッド・バーグマンとか、オードリー・ヘプバーンとか、いっぱいいるのにさ。
 どうして、彼女たちをおしのけてまで、思いもよらない『鳥』のティッピ・ヘドレンなんだろう。 不可解が、心にのこった……。

 そうして、紫陽花の季節になった。
 ある日、家の軒下に枯れ草の穂を一茎、見つけた。
 (鳥の落し物だな)
 ぼくは思ったけれども、気に留めなかった。
 その辺には、おまけに木の実の食べ滓、皮と種とが混じって散らかってもいたのだけれど。
 ぼくはそれを、なにげもなく見すごした。
 空を飛ぶ連中の、いつもの、風のような気まぐれだろうさ。

 それから数日。
「ねぇ、ちょっと来て見て」
 二階からかみさんの声に呼ばれた。
 来客用でここしばらく使っていない和室の、外の狭い濡れ縁の、軒天井に開いた通気口から、
「なんだか、鳥が飛びだして行ったわょ」
 よほど吃驚したのだろう、指さしながら彼女、顔色が少し蒼かった。
 通気口に被せてあったステンレスの網がいつのまにか無くなって、ポッカリ洞穴になっていた。
 下の簀の子の床には、枯れ穂を丸めたような落し物……と。
 よく見れば、木の実の食べ滓まで……。
 いきなりストンと、すべての事態がのみこめた。

 目を上げると、付近の電線にスズメより大型の鳥が並んで、こちらの様子を窺っている。
 薄気味のわるい緊張感が漂う。
 (鳥ノ巣ヅクリニ、ココガ狙ワレタ)
 彼らにとっては(命ヲカケタ繁殖)、(猶予ハナラナイ、ユルガセニハデキナイ)ことだった。

 どちらかといえば郊外型の住宅地の、わが家は木立の緑道脇にある。
 メジロセキレイオナガヒヨドリにモズ。小山があるのでデデポポ(山鳩)なんかもやってくる。庭木に巣を掛けた小鳥の雛が転げ落ちたりもする。
 そういう環境に慣れ親しんだ油断があったのかも知れない。

 脚立と手ごろな棒っきれを取りに、その場を離れたちょいの間に、偵察に飛来した鳥と危うく洞穴で鉢あわせしそうになった。
 身近に聞く鳥の羽音、関節の軋みには生存競争の苛烈さが潜む。
 嘴と脚の黄色い、黒褐色の身体の、首から頭にかけてが白というより灰色、薄汚れて見える……鳥はムクドリ
 どうやら向こうは本気で、気に入った物件に無断入居の腹とみえる。
 そういえば近所にときたま、ムクドリの押しかけ間借り騒ぎは聞いていたけれども、まさか俺ん家に……とんでもない。

「彼ら(野生の生物)は愛すべき隣人たちですが、やむをえず敵対することになった場合には、断固たる決意と態度が必要です。相手を見くびってはいけないし、危険です」
 信頼する専門家の言を想い出す。

 棒で通気口の中を探ると、空き間は狭かったが、ムクドリの巣づくりには良さそうだった。
 小枝と藁屑が絡まって出てきた。

 キンチョウして、素早く考え、速やかに行動する。
 予備の生ごみネットで穴を仮に塞いでおいて、通気口のサイズを測り、枠を拵え、網を張って、通気口に被せ固定する、一連の作業中にも油断なく活動音を高く響かせ、時折、現場に立って警戒の目を配る。
 ヒッチコック映画『鳥』の、電線に群がり犇めく鳥の場面がゾクっと背筋を寒くする。

 電線にはカラスも数羽見られたが、彼らは傍観者にすぎないらしいのにホッとする。カラスまで敵にまわしたくなかった。
 どうやら、いちばん近い電線で様子を窺っている番いが当事者で、周辺にたむろしているのは協力仲間たちだろうか、離れて目に見えないあたりで頻りに鋭く鳴き交わす声もしている。
 数こそ小競りあいの程度ながら、取り囲まれ、看視され、隙を狙われるのは、やりきれなくつらい、それも空から……。
 
 生物が愛しいぼくだ、けれども、どうも爬虫類には親しめない。
 進化の順で爬虫類につづくのが鳥類。ふだんは鳥が好きで、ことに猛禽類の在りようには畏敬の念さえ抱く。
 しかし、シャッターみたいな膜をもつ目の険しさや、脚部に露出した威嚇的な鱗状の皮膚などは爬虫類に酷似するし、羽毛で装われていても細い首は蛇を想わせる。
 人の胎児も進化の道筋をたどり、爬虫類期・鳥類期の相貌を見せるという。
 固体発生は系統発生を繰り返す……ブルルッ。

 夢には、警告夢とか予兆夢というのがあるらしい。
 いずれにしても夢は、自身へのなんらかのメッセージであるという。
 すると、あのティッピの夢は、ぼくにムクドリとの対決があることを告げたというのだろうか。

 巣づくり阻止の仕事そのものは短時間だったが、その日一日、ぼくはムクドリの気配と対峙しつづけた。
 幾度か、偵察に飛来する物音に脅かされたが、防御は破られることなく、夕暮れとともに鳥影は消えた。
 なお数日、警戒の気をゆるめずにすごしてやっと、一件落着を確信した。  
どこに仔育ての巣づくりを果たしたものか、ムクドリたちにあの殺気だった様子はすでに見られず、緊張関係も霧消した。

 それっきり……ティッピはもう、ぼくの夢に姿を見せない。