どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ぼくがはじめて救急車に乗った日/        あの日からサイレンの音がちがって聞こえる

-No.0187-
★2014年03月27日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1113日
★オリンピック東京まで → 2311日



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◆救急車のサイレン

 ぼくの住む町田市の住宅地には、気ががかりなメッセージがきょうも…。
 防災無線から流れる声は、「〇〇にお住まいの〇〇歳の方の行方が分からなくなっています」という、協力要請の呼びかけばっかり。

 消防車のサイレンもよく走るが、それにも増して多くなっているのが救急車のサイレンだ。
 救急車は、べつに年寄りのためだけにあるわけではないが、なぜか「行方不明」を訴える防災無線の声とダブってしまう。

 ぼくは、普通救命の講習は(なぜか2度も)受けており、AED(自動体外式助細動器)の取り扱いもいちおう教わってはいた。イザというときどれほどのことができるか…自信はないが、きっとヤルことはヤッテみるだろう。気もちより先に、身体がほっとけない性質だと思われる。

 ぼくは人の付き添いで乗ったことはあるけれども、救急車のベッドに横たわったことはなかった。
 救急車が駆けつけた現場には何度か出くわしていて、車内の様子や救急隊員の動きは見知っており、その周辺には少なからず人だかりがすることも分かっていたから、(乗る身にはなりたくないな)と思っていた。

 そんなボクが、ひょんなことから救急車のお世話になってしまった。
 数年前のことである。

 きっとどこかの南洋産であろう、太い樹の幹を輪切りにしたテーブルが、わが家にあった。
 気に入って使っていたのだが、年とともにひび割れがひどくなって、お役御免。
 その、ひび割れが真っ二つになるまで待ってから粗大ゴミに出そう…と、戸外に立て掛けておいた。

 ところが、コレがなかなか割れてくれない。
 日に曝す位置を変えてやろうとして、ヨイショと動かしたのが間違いだった。

◆一大事、ぼくの足から血が吹いた

 手がすべって、輪切りの重いテーブルが右足の上に落ち、ささくれがチクリとした。
 痛さよりも、出血に驚いた。
 太めの血管を破ったらしく、大袈裟にいえば吹いて出た。
 傷口から毒が入るといけないので、水道で洗って、かみさんに声をかけ助けを求めた。
 その間も、足からは血が吹き出している。

「待て…おまえ、しっかりしろよ、倒れてくれるな」
 ボクがまず、そういったのにはワケがある。
 うちのかみさんてヒトが…じつはとても出血に弱くて…若い頃にボクの出血を見て気を失いかけたことがあったからだ。

 (そのときは庭木の手入れをしていて、誤って、植木鋏で親指の先っぽをちょん切った。その指先を掲げて見せた途端に、フーッと倒れ込まれちまった)

 それではコマルから、先手をうって「倒れてくれるな」。
 それで、かみさん、目を剥いてどうにか堪えてくれる。
 足の付け根と膝下を縛って止血、ひととおりの応急処置。
 しかし、縛る力がたりなかったのか血は止まってくれず、押さえたタオルがたちまち血に染まる。

 夏の、土曜日の午後であった。
 町医者は休み。
 万事休す(窮す!)。
「救急車、来てもらいましょ」
 ボク、頷くのみ。

 こうなれば、かみさん、シッカリしたものである。
 テキパキと救急窓口に電話をかけ、要領よく事情を説明してくれる。
「はい、血が吹き出してますけど、どうしとけばいいですか」
 なんて…そりゃちとオーバーだろうとボクは思ったりした。

 それよりも。
「近くに来たら、すみません、サイレン鳴らさないでいただけますか、ご近所迷惑になりますから」
 頼んでおいてくれればいいのに。

 いまどきの救急事情からすれば、運がよかったのだろう。
 間もなくサイレンが近づいきて、とまり、ストレッチャーを運んで救急隊員が駆けつけてくれる。
 ボクに本人確認の質問をいくつか。

「これで、どれくらい出ちゃったんですかね、血ですけど」
 ボクの質問に、隊員の応答は落ち着いたもの。
「あぁ、まだまだちょっとだけ、軽いもんですよ」
 そういえば、身体がフラついたりすることも、なかった。
 (見ろ、1~2センチ吹きあげたからって、やっぱり大袈裟だってョ…)
 その間に、かみさん付き添いの準備。
 さすが、みごとに手早い。

 救急車のベッドで一人が止血など応急処置をする間に、もう一人が受け入れ医療機関との連絡にあたる。
 どこか希望する病院があるか、訊ねられたが別になし、よしなにお任せする。
「それでは、近いところで、いきますね」
 これも一発で、オーケーがとれた。

 救急車が、サイレン鳴らして走りだす。
 ベッドやシートのクッションが固い…のはアタリマエか。
 ボクは、反対側の窓を懸命に覗き見る。
 このへんが、なんとも不謹慎ではあるけれど。
 救急車の内から見る、外の風景がどんな感じのものか、知りたかった。

 救急車の窓ガラスは、艶消しの磨ガラス(これもトウゼンか)だったが、風をとりこむのに半ば開いている。
 そこから、見なれた街が、見覚えのある風景が、つぎにはまだ見たこともない情景が、ピーポピーポと移りゆく。
 横断歩道に信号待ちの人がいる…が、皆さん案外なほど無関心にやりすごす。
 (ホッとしつつも、一抹のサミシさを噛みしめる)

 この救急車騒動は結局、病院で処置・様子見の1晩泊りですみ、あとはしばらく、杖を頼りにびっこひきひき病院に通っただけ。

 しかし、これをキッカケに、救急車のサイレン聞く耳が断然ちがってきた。
 前は正直ジャマくさかったのが、いまは「ごくろうさま」とココロヅヨイかぎり。
 サイレンが聞こえてくると、しばらくはその行方を追うようになっていた。
 そうして、ふと想う。
 (あと、乗ってないのは消防車…)だな。