どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

二回目でやっとクリア“狭窄心筋”の壁/      身体から発信されるナニか…(きのうのつづき)

-No.0185-
★2014年03月25日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1111日
★オリンピック東京まで → 2313日



桜前線は静岡まできたという。もうじき東京にも…。それを愉しみに北国から上京する知人あり、どうやら間にあいそうだ。昨日、町田ではハクモクレンがまぶしく満開の景が見られた。わが家の木瓜(ぼけ)はもう花もおわり、かわりにレンギョウが笑顔をほころばせはじめている。

大阪市では、橋本市長が仕掛けた「がまんできない」辞任「がまんしろよ」選挙で、再選。めぼしい対抗馬なしで得票は多かったが、投票率25%にもとどかず…じゃカタなし。歯車が狂ったというより、だいじな歯車が1つ欠けてしまったようで、大阪もオツカレさんなこっちゃね。

◆あららぁ…こりゃ、やりなおしですねぇ

 2009年、冬。
 また半年後、前回手術の様子(再狭窄がないか)を診るため、再度のカテーテル検査入院。
 この間、どんどん歩いてくださいと言われてはいたけれど、気分がそうはいかなかった。
 “執行猶予”の感じなのである。
 はっきりキマリがつかないと、どうにもならない。
 つくづく、人間とはそういうものだった。
 なにやら「このままでは済みそうにもない」気もしていた。
 ムシが知らせる…というやつかも知れない。
 
1月15日(木)
 10:30。
 レントゲン、心電図、耳たぶ採血(出血時間しらべ)、尿検査、超音波検査。そして点滴。
 19:00~ 説明(妻同席)。

1月16日(金)
 カテーテル検査(14:00~15:00)。
 *前回と同じ担当医。こんどは「苦しくないですか、なにかあったら言ってくださいね」などと話しかけながらの進行。おたがいさまに慣れてきた?
 *左は「大丈夫ですね、いいでしょう」だったが…右の方が「あっらぁ、また狭くなってるなぁ」「ほっとくと心筋梗塞の畏れありですねぇ」と診断される。(やっぱりな……)黙然と声もない。
 18:00~ 診断結果の説明。
 *もう一度、こんどは新タイプの薬剤浸出ステントの留置に決まる。強力・高価ということだろう。
 *こんども医者の方からは言われなかったけれど、ぼくが想うに、これは〈生体拒否反応〉のようなものであろう。前に留置したステントの近くに狭窄が認められたというのだから。次ぎは必然的に拒否反応を起こさせない策とヨメた。
 *ぼくも、身体を弄られるのは嫌いだったが、(やむをえない)となれば諦めはいいほうだ。「俎板の鯉」である。

1月17日(土)
 安静。

1月18日(日)
 午前中は安静。
 手術に備えて、午後は風呂。
 *みずから下腹の体毛を剃る。

1月19日(月)
 手術(15:30~16:30)。
 *尿管を挿入。
 *右鼠けい部からステント挿入、留置。
 *術後、シース(止血栓)抜去、縫合。
 *痛みはあったけれど、こんどは眠れた。
 *夜半、隣りのベッドの同じステント留置組の男性一人が苦しみだし、あわただしく処置室へ運ばれていった。管の挿入時に引っ掛るかナニかあったらしい。ボクよりお歳の方で、血管が弱くなっていたのかも知れない。彼は、ボクが退院するまで病室に戻って来なかった。

1月20日(火)
 尿管抜去。抜糸。

1月21日(水)
 退院。
 *こんども2泊3日の予定が6泊7日になった。

◆おらぁ…もう…やだからね

 このたびもまた、「じゃ、半年後に…」と約束させられて。
 しかし、いくら「俎板の鯉」といっても、もういいかげん痺れがきれたし。
「またダメだったりすれば、ひょっとしてヤバイんじゃないか」
 漠然と“黄泉の国”への旅立ちを想ったりもした。

 そうして…5月。

◆半年後の診察結果は無事「いいでしょう」

 おかげさまで現在は、「心臓二次予防センター」で年に1回の検査と診断だけ。
 ふだんの診察は「かかりつけ医」に、薬のめんどうは薬局にみてもらっている。

*(写真)は、担当医にお願いしてもらってきたボクの心臓血管(心筋)狭窄個所のひとつ。丸印の部分が…情けなく愛おしいまでに細く縊れている*