どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

結論が仕組まれていた「STAP細胞」研究/     迷走は“コピペ”の博士論文から始まった…

-No.0178-
★2014年03月18日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1104日
★オリンピック東京まで → 2320日



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◆ソチ冬季パラリンピックが閉幕

 あっけない大会で、ニッポンの金3・銀1・銅3・計6個のメダル獲得は健闘だろう。
 政治情勢が緊迫するなかで参加したウクライナ選手の活躍が光り、懸命に表面をとりつくろうロシアの思惑も光って、オリンピック・パラリンピックはけっして政治と無縁ではありえなかった。
 せめてパラリンピックを、人々の関心うすれる“あとのまつり”としないよう、同時開催勧告の意を強くしておきたいと思う。
 

◆科学界までがイカガワシさに塗れた日

 あれは…いったい、なんだったのだろう。
 アノ割烹着や、ムーミンや、ピンクの壁は…なんだったというのか。

 ぼくが、このブログに『リケジョ…チャーミングじょ』(No.0132)の記事を書いたのは1月31日のことだった。
 これが、なんと、とんだ茶番を喰わされたらしい。

 ボクはいま、記事投稿の責任とか、判断の迂闊を恥じるよりも深く深く、失望している。
 あの、突然のスポットライトを浴びてはしゃいだ割烹着姿が、まさかコスプレだったとは。
 (そういえば…)あのドラマのセットみたいなピンクの研究室が、デキすぎ(ヤリすぎ)のマヤカシ仕掛けだったとは(ヤラレタな)。

 もう何十年も前から、20世紀の高度経済成長時代あたりから、たしかに「ナニがあってもオカシくない世の中になってきていた」のだが。
 「どんな聖職にも悪いヤツはいる」ことになっていたし、それは逆に「どんな悪いヤツだって聖職につける」世の中になっていたわけだが。

 ボクも、その蔓延るイカガワシサに呆れながら、しかしどこかで、最後の砦というか、なんとかして信じることのできる世界を探し求めていたのだった。
 それがどうやら、「科学的に正しいとはどういうことか」という態度でコトにあたる、科学の分野だったことは、いま認めざるをえない。

 だから万能「STAP細胞」論文に疑義が差し挟まれたときにも、最初は「若き女性研究者の成功が妬まれたのではないか」と、小保方晴子さんの肩をもちたい気分ですらあった。

 だって、そうでしょうが。
 たとえソレがノーベル賞モノでなくてもです、「送稿される前の論文に共同研究者が目を通さない」なんてことがあるものか。
 チェック機能云々なんぞというまでもない、「責任をもって世に問う」者とうぜんの節度だし、最低の礼儀ではないか。

 さかのぼって、小保方さんの博士学位論文にも「オソマツ」の指摘あり。
 じゃ、大学院の指導教官は、いったいナニをしていたのか。
 まさに「科学的に正しいとはどういうことか」であろう。

 どうも、その後の関係者の動静、背景などを見ていると、芸能週刊誌の紙面をときおり賑わす「相関図」そのものではないか。
 「おなじ穴の狢」の、狎れあい、張りあい。
 あるいは、こんどのコトに直接かかわりはなくても、「そう想われても仕方がない」「反論の余地がない」立場の方々ばかりらしい。

 「コピペ」非常識の常識化がコワイという。
 問題になった小保方さんの博士論文にかぎらず、インターネット時代の気軽で便利な“コピー&ペースト”習慣が、麻薬みたいに学問の場まで汚染を広げているんだと。
 ボクら、図書館通いのノート漬け世代には、唖然のイマというわけだ。

 ある専門筋の方がいっていた。
「小保方さんは、自分が間違ったことをしたとは思っていないんじゃないか、その方がこわい」
 その小保方さん自身は、「甘かった」と漏らしているという。
 ナニが、ドコが、甘かったと思うのか。

 この問題はまだまだ、オイシいターゲットを追って尾をひきそうだが、「コピペの科学」の根は深い。ボクは、こんどは、それを忘れない。

 科学者の間には、どうやらいまだに、自分たちの世界には「ナニがあってもオカシくない」ような俗悪世間の通弊は存在しないと、なんの根拠もなしに信じようとする空気が濃密にあるかと思われる。
 いま現代はけっして、信じる者は救われない。

 想えばこんどのことも、「科学信仰」への響大な警鐘かも。
 原子力の“安全”神話をつくりあげ、みずからもそれに酔い痴れた科学者たちも、考えてみれば同類であった。
 研究テーマが違うからといって、免罪符にはならない。

 ふと、ここしばらくは……
 (「理研」とは「ワカメちゃん」だけのお付き合いにしておこう)
 ……と思うミーハーなボクだった。