どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《3.11》から丸3年のミゴトな風化ぶり/    皆~んなどっか“ヘン”だぜ

-No.0171-
★2014年03月11日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1097日
★オリンピック東京まで → 2327日




 被災地の子らに教育支援を…「げん木かい」のハートの“復興タグ&ペンダント”寄金は、《3.11》3周年の本日3月11日現在、23万4000円(ペンダント234個)になりました。ありがとうございます。さらに継続させていただきます。

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《3.11》から3年……14時46分黙祷……

 2~3日前から、新聞・テレビは《3.11》関連ニュースが賑やかだ。
 ふだんから絶え間ない報道があればいいものを…とつくづく思う。
 なぜなら、人々の関心はこのところ加速度的に薄れてきているのを、ぼくは実感している。
 〈風化〉は進む。

◆読売新聞の世論調査(3月7日記事)によれば

 被災地復興への関心が1年前と比べて「弱まっている」と答えた人が39%。居住地域による違いも明らかで、被災地から遠い中国・四国・九州では46%にのぼり、「変わっていない」を上まわった。ちなみに被災地東北では、「弱まっている」と「変わらない」が同じ43%。この数字にしてからが、持続する心もちの難しさを物語る。
 それでいて、被災地の復興が「進んでいない」と感じている人が61%というのは、どう判断したらいいのだろうか。

 “フクシマ原発事故に絡む節電事情のその後は、事故前に比べていまも「節電している」人は55%(昨年62%)、「一時は節電していたが今はしていない」23%、「していない」21%で、あわせて4割超が「節電していない」という。すでに過ぎ去ったコトになってしまっている。

 それでは“災害列島”に暮らす身の、心構えと備えはどうか。
 自分の身近に「大地震の不安を感じる」人は78%もあるのに、家庭での備えは心もとない。
 「最低でも3日分、可能な限り1週間分程度の、食料や飲料水」の備蓄が求められているというのに、「1週間分の蓄えがある」人はわずか14%、「3日分以上」でも47%どまり、半数以上の人が「3日分以下」の備蓄しかなく、さらにその半数あまりは「まったく備蓄がない」。
 「なんとかなるだろう」「だれかが助けてくれるだろう」ということか。

◆子どもたちの学びの場“学校”はどうか

 やはり読売新聞が沿岸42市町村を対象にした調査によると、震災直後に使用不能となった教育施設(幼稚園、保育所、小・中・高校)は、岩手42校、宮城97校、福島84校。そのうち「間借り・仮設などで再開」にこぎつけた学校は約半数にしかならない。
 みちは「元の場所で再開」か「高台などに新設」だが、どちらも捗ってはいないし、廃園・廃校に追い込まれたところも少なくない。

 (親の動向に左右される)子どもたちの動向も憂慮される。
 被災市町村から減った児童数は、原発周辺地域(福島県)での激減は別として、宮城・岩手の両県でも、山元・女川・南三陸(宮城)、山田・大槌・陸前高田(岩手)といった被害の大きかったところを中心に減ったまま、回復していない。

 親と一緒に故郷を離れて避難生活を送る子らと、故郷にとどまってはいても環境の改善されない子らと、どっちもどっち、心のケアや居場所の確保など多くの課題を抱えたままだ。
 さらに深刻なのは〈いじめ〉など心の病から発生する問題で、子ども向け電話相談「チャイルドライン」に寄せられた相談内容を分析すると、全国に比べて被災3県で2倍に近いという。
 「そんな場合ではない」はずの子らが…である、この状況はあまりにも辛い。

 ぼくらが、被災地の子らへの教育支援にと“復興タグ&ペンダント”寄金募集の活動を始めたのも、こういう事情があるからだった。
 被災地では、もちろん親も辛いのだけれど、まだ年端もいかない子らの辛さは、目に見えないところで深刻の度をましている。

◆“さら地”になったまま“復興”手つかず

 自衛隊などの組織的救援とボランティアの人海戦術によって瓦礫が片づき、ほぼ“さら地”になってやっと胸の閊えがとれたのが1年~1年半前。
「さぁ、これから、いよいよ復興」
 期待に胸を躍らせるはずの動きが、いっこうに捗捗しく進まないもどかしさに「なんで?」「どうして?」となげかける声に、返ってきたのは「人手が足りないみたいだ」「資材も高くなって入手困難らしい」との嘆き。

 復興公営住宅の建設、高台移転地や敷地嵩上げの造成などなど、計画はあっても、業者選定の“入札”に“応札”がなかったり、あっても工事価格が見あわない“不調”がつづいたり。
「ふつうなら、これまでなら、ありえない」
 ことばかり。

 建設業界が抱える“3K” 職場問題に加えて、雇用の悪条件もあるだろう。
 「サービス産業ばっかり」の窮状は、被災地でもきわだつばかりだ。

 そこへ政府の、景気対策公共事業の大盤振る舞い。「国の金」は大きいから、どしどしそっちへ受注の動きも傾く。
「これで、いよいよ東京オリンピック関連の建設事業がスタートすれば、いやもうはや復興事業なんかストップだヮ」

 この『どこゆきカウントダウン-2020-』を始めた昨年9月に、ぼくが淡い期待を抱いた、オリンピック開催国のメンツにかけて進むかも知れない〈復興の加速〉は、どうなるのか。
 安倍総理は《3.11》前日の記者会見で、「今年度末までに復興住宅の全戸完成」を約束してみせたが…。この人のコトバにも、もともと大災害被災の切迫感や、復興にかける胆力こめた切実感は極めて稀薄だ。
 災害からの復興という、もっとも政治力が問われる場面で…。

 義務感で、やる気がないわけではないだろうけれど、国際的な見せ場でいかに大きく金を動かすか、いかに国としての強さを見せつけるか、の方がよっぽどオモシロいし興味も深いということなのだろう。
 ニッポンという国は、まったくのところ困ったトップをもってしまったものだ。

 もっといえば、この国は庶民レベルにいたるまで、皆~んなどっか“ヘン”になっちまってる、としか思えない。