どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

大学受験もお母さんが一緒/           いつになってもお節介な…

-No.0164-
★2014年03月04日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1090日
★オリンピック東京まで → 2334日

 童謡作詞家の「まど・みちお」さんが、104歳のご高齢で亡くなった。
 幼稚園には行かなかったボクは、童謡はもっぱらラジオのNHK「みんなのうた」かなにかで聞きおぼえている。
 しかも、自分はその年ごろをすぎてしまってから、懐かしく聞いたような記憶があるのは、どうしてだろう……。
 ともあれ、まどさんの『ぞうさん』は、なかでもいちばん印象にのこっている。
 “歌のおばさん”、松田トシさんや安西愛子さんの歌声とともに。

◆受験生に親がくっついて行く

 受験シーズン、格好のニュース・ネタというわけで、話題になった。
 それも、ご丁寧に両親そろって付き添うケースも少なくないとかで。
 とある大学ではそのため、最寄駅からのスクールバスに受験生が乗りきれない事態が発生、やむなく試験開始時間を繰り下げたという。ははぁ……。

 ぼくらの頃(1960~70年代)には、考えられないことだった。
 …といっても、ボクだって神奈川県川崎市の小学校から、都内の私立中高一貫校への進学を目指したときには、母に付き添われて受験だったが。

 そのさきは、親の付き添いなんぞ厄介でしかなかった。
 粋がってもいたし、友だちの手前、恥かしくもあった。
 親も忙しかったし、子どもの自立を促す気分もあったかと思う。
 偉そうにしたってナンのことはない、面倒はかけてしまったわけだ…けれども。

 大学紛争の最中にとびこんだ格好のボクなんぞは、いきなり1年生で先輩連中にまじって“譴責”処分を喰らって親に心配をかけ、卒業のときにも反抗的な理由をこじつけて、かわりに父親に免状を受け取りに行ってもらったりしたものだったが。
 言い訳になるが、そういう気分の時代でもあった。

 同じ全共闘世代、やや遅れた頃に「キャラメル・ママ」というのが現れたのを思い出す。
 活動家学生たちに駄菓子類を配り、「暴力的な運動はやめて学業に専念してね」と訴えかけたオカアさん達。彼女たちの行動は、世の大人たちからは「過保護な母親」と批判を浴び、子世代の学生どもからは「ナ~ンセンス」と嗤いものにされた。
 しかしこれも、東大闘争の終結とともにどこかへ消えた。

 そうして……。
 いまは親の方に、日常的にも経済的にも生活に余裕があり、子どもたちの方も、けっこう賢く功利的なところがあるから、いちおうは顔をしかめて見せたりしながらも、ちゃっかり懐をアテにしている。
 人間というのは(生きものはすべて…といったほうがいいのかも知れない)、いつまでも、どこまでも、真実お節介なものらしい。

 面倒見のいい、いまの親たちはこうして受験期から、子どもたちの個の領域に干渉し、卒業から“就活”、“婚活”へとなだれ込んでいくらしい。
 ははぁ……。
 ボクは、なんにもいえない、けれど。
 就職の面接に親がノコノコついてくるような子は、けっして採用しないだろう。
 これだけはタシカだ。