どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「アンネ」の被害にもヘイトスピーチにも/    きな臭い不安が漂うなぁ…

-No.0163-
★2014年03月03日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1089日
★オリンピック東京まで → 2335日

◆追いつめられた者の不安な心情が…

 ぼくは戦後すぐの、これでも新生日本の生まれだ。
 いちおう民主主義の世に生まれてきた。けれども…。
 追いつめられた者のもつ不安と不敵、底意地の悪さといったものに、とりまかれていましたっけね。
 いや~なふんいきが、嫌悪感を与える言動が、あちこちにたっぷりのこっていた。
 「鮮人(朝鮮人)」、「露助(ロシア人)」、「アメ公(アメリカ人)」などの蔑称が、まだ半公然と使われていたんです。

 ショックだったのは他でもない父親が、学歴もある一流会社のサラリーマンで、インテリに属する人が、ふと漏らした「鮮人部落」という言葉だった。
 そう呼ばれる集落があったのは事実なんですが…。

 生活に困っている近所の人には両親そろって親切で、みずから乏しい暮らしにもかかわらず金銭の面倒までみてしまう人だったから、個人的に人を悪くいうようなこともなかったんです。
 その人が(一般に使われていたとはいえ)、そこらの人と同じ蔑称を口にしたことが、似合いもしなかったし、許せない気がしました。

 それから…ながい歳月をかけて、このような侮蔑社会は徐々に解消されていき、一部に例外はあっても、ずいぶん文化的に洗練されてきたよな、と思っていたのに。
 このところまた、心の貧しいニッポン人が増えつつあるように思う。
 社会不安がムックリ頭をもたげてきた気配です。

◆捌け口のない怒りが突破口をもとめて噴き出す

 たとえば、ヘイトスピーチのデモがいまもやまない。
 とにかく攻撃する相手が欲しい、みたいです。
 『アンネの日記』や関連書籍のページを破り捨てる、嫌がらせ行為も酷い。
 ナニかの腹いせの対象にされた、感じがします。

 韓国や中国との関係がギクシャクするなかで、週刊誌などでの言論攻撃がエスカレートする。
 それをよろこぶ読者も少なくないらしい。
 でもさ、ちょいと考えみてもくださいな。

 たとえば歴史ひとつにしたって、日本の歴史があれば、韓国の歴史もあっておたがいさま。歴史の解釈は、それぞれ違ってあたりまえじゃないですか。どっちの認識が正しいとか、間違っているとか、主張をぶつけあったり議論をふっかけたりすることじゃない。
 それこそが外交じゃないですか。

 なにしろ、きな臭い予感に充ちた、いや~なムードだと思いませんか。
 そのうちに、この空気がごくふつうの庶民にまで伝染したら、怖いことになりそう。
 そうなったらもう、知識人なんかアテになりませからね。

 不安の根底に、アベノミクスだ好景気だといわれながら、少しも恩恵に浴せない層、広がる一方の格差社会がある、のはたしか。
 正規雇用が減って非正規雇用が増すばかり、生活苦に喘ぐ若者が増えるのは、よくないです。
 くすぶる不満が、捌け口をもとめるガスのように充満しますから。

 まともではない生活や心理状態で、まともな判断ができると思いますか。
 歪んだ矛先は、強そうな、かっこよさそうな、頼もしそうなものに味方することで、嵩にかかった弱い者いじめで溜飲をさげるしかない。
 理性をなくした感情的な好悪だけが独り歩きして、他者を排斥し攻撃するんです。

◆グローバルなんかやめてローカルでいこう

 しかもこれ、どうやら日本だけのことじゃないらしい。
 民主主義も、資本主義も、行き詰りつつあることが分かって、世界中が閉塞感に悩んでいるみたいです。

 TPPだって、そうでしょ。
 結局は、弱ってきた大国アメリカのごり押しと、そこからのお零れに縋らなきゃならない小さな国々との、利害が絡み合う押しくら饅頭ですよね。
 何処かで誰かがいい思いをするためには、何所かで誰かが苦しまなければならない。

 それがわかっていながら個々人では誰も、この大勢をみずからは打破することができないから。
 その鬱積と憤懣が、哀しいことに歪んだかたちで、他の誰かを傷つけてしまう、いってみれば自慰行為ですから、ほんのいっとき癒されるだけです。
 
 グローバル・スタンダードとかボーダーレスとかいって、世界中をひとつの方向に…なんてウソでしょ、そうなった方が都合がいい方々の思惑じゃないですか。
 (ローカルをだいじにした方がいいんじゃないか)と考える若者たちが、海外へ行きたがらなくなってきた理由も、ボクにはワカル気がしています。