どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

大雪につつまれて想う“環境”

-No.0147-
★2014年02月15日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1073日
★オリンピック東京まで → 2351日




◆これでも首都圏では“豪雪”…の“環境”

 先週の“首都圏の大雪”が溶けたと思ったら、もっと凄いのがやってきた。
 町田市郊外のわが家では積雪30センチ、車の屋根にはもっと降り積った。
 “雪に弱い東京”では、これは“豪雪”かも知れない。
 先週の雪のときに(どうせなら、もっと降れ)と思った。ヤケではない。
 弱すぎる…というか、無防備…というか、性懲りもなく…というか、とにかく「備える」ということを知らない都会人である。
 《3.11》なんか、もう、どこ吹く風の態である。
 どうせなら、誰も身動きがとれないくらいに降り籠めてくれた方がいいのだ、少しは身に染みるだろう。
 ボクの願いが通じたものか…。
 それでも出かけなければならない人、緊急を要する方にはスマナイけれど。
 こういうときに降り積もる雪を眺めて、「わが身にとっての“環境”とはなにか」を深く考えることがなければイケナイ。鈍ってしまう。

◆オリンピック・メダリストの“環境”を想う

 ソチ冬期オリンピック。
 ノルディック複合の個人ノーマルヒルで渡部曉人(25)くんが銀メダル。
 ヨーロッパでは「キング・オブ・スキー」と呼ばれる人気種目で、荻原健司くん時代以来20年ぶり快挙に感慨深い。
 「調子がわるいときでも人前では見せかけ元気印」がいい。

 つづいてフィギュア・スケート、男子フリーで羽生結弦(19)くんが、今大会初の金メダルを日本にもたらしてくれた。

 じつをいうと、こんどの日本選手のなかで誰よりも彼がいちばん、自分を信じることができていたように思う。団体戦のときから彼の挙措には、見る者にも安心感を与える強みがあった。
 さすがにメダルが決まるフリーの演技前には緊張感が現れ、ミスもあったけれど、のりきった。
 《3.11》被災をのりこえたキミの活躍は、文句なしヨカッタ。

 あらためて想うのは、“環境”である。
 つくづく人間もまた、のがれがたく“環境の生きもの”だと思う。
 4年に1度のオリンピックという舞台そのものが、森羅万象・人事万端ひっくるめた“環境”にほかならない。

◆(以下…昨日のつづき…)想えよ“環境”ニッポン
 橋口公一(九州大学名誉教授)さんの論説
 「自然景観を損ねる高温多湿な気候風土」
 
 …日本は農業不適地というだけではない…という話。

 「我国は、農業適地であるとの誤解と同様に、自然に恵まれていると誤解されている」と橋口さんは指摘する。

 高温多湿すぎて植生(栽培)のコントロールが難しいから、たとえば広々青々とした芝生の広場などにしても、日本では欧米のような半放任とはいかずに手間ヒマがかかる。
 その手間ヒマぶりが興味深く見てとれるのは京都・奈良などの歴史的な観光地であり、また手狭を克服したり逆手にとったりがオモシロイ大都会地。
 だから富士山を別にすれば、欧米からの観光客は日本の自然観光にはあまり興味を示さない。
 「四季折々の自然が風光明媚」などというのは、とんでもない、自画自賛にすぎないのだ。

 ついでに、農業不適地のところでもふれたとおりアジア・モンスーン気候ゆえの台風・集中豪雨地帯、活発な地殻変動による巨大地震と国土崩壊にもたびたび襲われる。

 橋口さんは、結びにこう付け加える。
 「輪廻転生は、明・暗に激動する自然に翻弄される現世の、儚さゆえに来世を夢見る、アジア・モンスーン地域に特徴的な思想である」と。
 (だから、いたずらに欧米式近代文明に追従すべきではない)と。
 それは、わが日本流ローカリズムに転換すべし、ということだろう。

 ぼくは、前にも述べたことがある。
 「自然と、ともに生き、ともに死ぬ」という考え(あるいは思い)が日本人にはある。
 いまの日本人はむかしの日本人と違う…といいながら、やはり根強くいまもある。
 《3.11》復興の根本的な発想には、この観念への理解が根底になければならない。
 やみくもな近代文明志向・偏重は、混乱をますばかりであろう。

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 ところで、ひさしぶりに読んだ学術誌についての感想を、おしまいに一言。
 「学者さんの書く文章や、語り口はどうもわかりづらい」
 という印象が、ざんねんながらまた蘇ってしまった。
 近ごろはずいぶん良くなったかに思っていたのだけれど。

 ふつうの人にはわからないようなことを難しく考えるのが学者だ…なんぞというのは、オカドチガイも甚だしい。
 ときはいま、割烹着姿の“リケジョ”万能細胞研究者が注目される時代なのだ。