どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

エア・ポケットに堕ちた鳥

-No.0127-
★2014年01月26日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1053日
★オリンピック東京まで → 2371日

 エア・ポケットは、ぼくにも経験がある。
 飛行機が苦手で、乗るチャンスも少ないのだから、この乗り物の好きな人、乗る機会の多い人はきっと、いくども経験しているのに違いない。
 不安とも、恐怖とも次元のことなる、じつに生物本能としていや~な気分のものである。

 「エア・ポケット」には、洋服のポケットのような縫いとりはないから、用語としては不適切であるらしい。
 要するに、局地的に急激な下降気流によって翼が大気中の揚力を失うこと…で、実際にはごくわずかな、瞬間にちかい短時間のことのようだ。

 とうぜん、ブラック・ホールなんかとはまったく異なるわけだが、逆にいえば、ふつうのアタマで納得できる範囲のことだけに、気分はふか~く沈みこむ…。

 スト~ンと、鳥が空を堕ちた。
 (鳥にもエア・ポケットがあるか)と考えたのは後のことで、さきに目の前に現実があった。
 種類はわからないが、大きな鳥が、ざっと100メートルくらいは堕ちたろうか。

 隠岐の島の国賀海岸、崖上の牧草地に寝転んで、ぼくは空を仰いでいたのだ。
 目標を狙いさだめての急降下とは、あきらかに違った。
 翼が、上向いたまま…。

 息を呑んだぼくにとっては、息苦しいくらい、しばらくの間があって…。
 ようやく翼が羽ばたくと、鳥はいつもの見なれた姿で空を飛んでいた。

 ぼくは、空を堕ちた鳥が、そのときなにを想ったか…知りたいと思った。
 それとも、空に生きる鳥にとって乱気流はいつものこと、程度の違いにすぎなかったのだろうか。
 
 ……………
 ボクはまだ、風邪に囚われの身であるらしい。
 熱は下がった、咳もないのだ、けれども気分がスッキリしない。
 そんなアタマに、エア・ポケットへの想いが浮んだ。