どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

街の鮨屋が減っていく

-No.0122-
★2014年01月21日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1048日
★オリンピック東京まで → 2376日



*名護市長選で、辺野古基地移設反対派の稲嶺氏が勝った。票差以上に勢いの差があったようだ。政府も仲井真沖縄県知事も、民意のゆくえを見誤った。いつまでも昔のままの沖縄だと思ったら、とんでもない大マチガイのコンコンチキだぜ*

 1月18日、土曜日、夜。
 横浜市緑区の住宅街に、贔屓の鮨屋を訪ねた。

 じつをいえば贔屓とは気もちばかりで、ずいぶんのご無沙汰つづきだったのである。
 ひさしぶりの電話を入れたら、大将が心臓疾患で救急治療騒ぎがあったとのこと、それでもいまは復帰しているというので、仲間を誘って予約を入れ、5人でカウンターに陣どった。

 大将の心臓疾患は、ぼくと同じ“心臓内科(内視鏡)”系。ステントという血管拡張器具による治療を受けた。外科手術に較べると身体の負担が少なくてすむ。とはいえ、心臓に負担をかけないための体重制限とやらで、すっかり華奢な細身になっており…。
 
 しかし、流石に思ったのは、腕の筋肉には衰えがなかったこと。
 いつもと変わらない軽口はさみつつ、いい肴を味あわせ、鮨に舌鼓をうたせた。

 繁華街から離れた住宅街に店を構えるケースは、いまも盛んなようだけれども、多く見かけるのは脱サラ蕎麦屋と洋食レストラン。
 「どこも出前と回転ばっかり、鮨屋はバタバタ倒れるばっかり」と大将は笑う。

 「若い人の口が変わったね、おれんとこの刺身はかたいってやがる、いつものはもっと柔らかくて食べやすいってさ」
 大将の嘆きはもっともだが、正直、やむをえないところもある。
 
 いまのたいがいの鮨屋、ここの大将ほどの見識も技もないから、“回転”などのエンタメ系には、とてもとても太刀打ちができない。

*写真は、横浜市緑区八朔町の「鮨常」外観*