どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

阪神淡路大震災から19年

-No.0118-
★2014年01月15日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1044日
★オリンピック東京まで → 2380日



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 昨日16日までの寄附金合計額は、12万9000円(ペンダント129個)。
 ご協力、ありがとうございます。
 呼びかけが爺っちゃ婆っちゃですから、やむをえないのですが、若い方たちからサポートいただけると弾みがつくと思うのです。よろしくお願いします。
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◆きょう1月17日は阪神淡路大震災から19年

 あの日ぼくは、南伊豆への取材の出がけで、ちょうど車のエンジンをかけたところだった。ユラッと…きた感じがふつではなかった。

 ぼくの家は山を削った堅い地盤にあって、震度情報の1や2くらいでは揺れを感じない。
 そのときの震度がどれくらいだったか…は覚えていないが、揺れの大きさ云々よりも、伝わってくる波動に不気味なものがあったのを記憶している。

 カーラジオをつけると、神戸地方に地震の一報。
 そのままラジオをつけっぱなしで走ったが、ずいぶん情報が遠く、遅く思えた。
 走って行く伊豆半島、東海岸の汀も地震の怖いところで、緊張しっぱなしであった。

 あのときも駆けつけたい気もちにかられたが、事情がゆるさず、被災した友人への支援が関の山だった。ボランティアの条件…にも、いろいろと細かい綾がまつわる。

 結局、5~6年後になって訪れたときの神戸の街は、少なくとも見かけは傷が癒えていた。
 「とりあえず見られなくするのが上手な、これが街というものか…」
 と想ったことを忘れない。