どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

小笠原にアオウミガメの大量産卵

-No.0115-
★2014年01月14日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1041日
★オリンピック東京まで → 2383日



 小笠原諸島父島列島にアオウミガメの産卵ラッシュ。
 産卵巣数は1979年の調査開始以来、最多の1982ヶ所(79年当時はわずか119ヶ所にすぎなかった)。

 もちろん異変の報告ではない。
 単純によろこべるような“朗報”でもなく、ぼくら人類が敬虔に“母なる自然”への想いを寄せなくてはならないことだ。

 東京の南南東1000キロ、たっぷり丸1日を超える小笠原への船旅は、ぼくも経験している。
 大物釣りの期待にふくらむ釣り人たちと共に訪れた島の海岸には、太平洋戦争当時の船の残骸が赤錆びて残っていた。

 その終戦後、1946年にアメリカ軍が占領。68年に返還されるまでほとんどの日本人住民が島外に転出していた。それまで、島民はアオウミガメの肉や卵を他の海産物と同様に食料としていた。
 それ自体は自然なことで、とくに非難されることではない。

 たいせつなのは、その20数年の間に捕獲をまぬがれたアオウミガメの数が徐々に回復、産卵・孵化したカメの回帰によるのだろう、ということ。事実の証明は重い意味をもつ。

 アオウミガメは、大きくなると甲羅の幅が1メートルを超える。
 産卵数は、1つの巣穴に平均して100個くらい。卵は殻の柔らかなピンポン球くらいの大きさ。
 孵化して海に還るが、成熟するまでの生存率は1~2%にすぎないといわれる。

 広い海を回遊しながら成長して、産卵できるまでになるのにおよそ30~40年。性成熟にかかる年数は、摂餌栄養によるものか人間より少し遅いらしい。

 鮭とおなじように、生まれた浜に戻って産卵するという。
 小笠原諸島父島は、むかしから国内最大の産卵地として知られた。

 つまり、戦後の占領に伴うカメ漁の休止期間が、浜への回帰と産卵の回復をうながし、その積み重ねによって個体数の回復が、顕著になって現れてきたということ。

 いまアオウメガメは絶滅危惧種であり、いっぽうで小笠原諸島ユネスコ世界自然遺産に登録されている。これはなにを語り、なにを訴えているのか。

 以前、どこぞの政治屋で「原爆投下のおかげで終戦がもたらされた」みたいな間の抜けたことをいって笑いものになった御仁がいたけれど…。
 問われているのは、このように危機的な状況に陥らなければ気づことがない、人間の智慧の浅薄さである。

 わがニッポンの“フクシマ”に先立つ過酷な事態、1986年の原発事故で廃墟と化し、原野へと戻りつつあるチェルノブイリ周辺は、絶滅危惧種のオオカミをはじめ多くの野生生物たちにとって、皮肉にも“生存の余地”になっているという。
 しかし、その余地とても深刻な放射能汚染下にあっては、生命への影響どれほどのものか、いまだに判然とは知りようもなく、少なくとも、とても“安住の地”とはなりえないことだけは確かなのである。

 ぼくの書棚に、『人類が消えた世界』(アラン・ワイズマン著、早川書房、08年刊)という、1冊のまことに現実的な警告の書がある。
 タイトルのとおり、人類がこれまでに築き上てきた壮大な文明も、しかし、いったん滅び去ってしまえば、後はただ風化のなすがままに、決して元へは戻れぬ別原始世界へと、荒れ果ててゆくであろう姿を描き出している。
 どんな推理ドラマより、はるかに興味深い。