どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

人口日本一の「村」が「市」になった

-No.0112-
★2014年01月11日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1038日
★オリンピック東京まで → 2386日




 ことし1月1日に、新たに「市」になった「村」がある。
 「人口日本一の村」から「住民自治日本一の市」を目指す、祝賀のセレモニーで市長(きのうまで村長)が声を張ったのは岩手県滝沢市
 合併ではなく、行政上の昇格。滝沢村が滝沢市になった。わかりやすい。
 …が、全国区レベルでの知名度となると、さて、どんなものだろう。

 県中西部、盛岡市に隣接して、いまはそのベッドタウン化が進む。
 東北自動車道に滝沢インターがある、といえば思い出すドライバーがいるかもしれない。
 北西に聳える岩手山、山麓一帯をしめる…ことで、アウトドア愛好家や登山者、スキーヤーには馴染みであろう。

 ぼくは去年の春4月下旬、《3.11》東北巡礼を終えて立ち寄ったことがある。
 滝沢インターを出て西へ向かうとすぐ、道は山がちな高原になって市街地らしいところを見なかった。残雪の岩手山にぐいぐい惹き寄せられて行った印象ばかり強烈で、そのときは、まさかここが日本一人口の多い村とは、ましてやいま市制施行の準備真っ最中などとは、つゆ知らなかった。

 人口では早くから「市」に昇格できる資格を有しながら、「村」にとどまった理由は、通勤・通学・ふだんの買物すべてが盛岡市に依存し、しかもこのベッドタウンにはまとまった市街地の形成が見られなかったことにあるようだ。

 いっぽうで、盛岡市との合併話があったときには、大都市に呑みこまれてしまうことを危惧し、「村」がもつ「のどかで美しく豊か」なイメージを失いたくない想いもあったろう。
 滝沢村は、綺麗に着飾らせた馬に農耕の労を感謝する祭り「チャグチャグ馬っこ」で知られ、これにちなんだ郷土玩具もある。じつはボクも、最初はそれでこの「村」を知ったのである。

 その日は岩手山麓の、休暇村岩手網張温泉に泊ったのだが、そこはお隣り雫石町
 高みからの大展望は遠く東に、遠野郷の名峰早池峰山を仰ぎ、その向うはもうすぐ津波被災の沿岸だけれども…。そのことにまつわる話題や情報については、首都圏よりも遠い感があった。
 これは宮城・福島にもいえることだが、《3.11》の関心はなぜか、現地沿岸部から大都会東京を経由して故郷へUターン、という間怠っこしさを否めない。

 翌日は、すでに有名全国に知れ渡った小岩井農場を訪ねたが、ここもお隣り雫石町
 滝沢市になったかつての「村」は、これから「住民みずからが住みよい地域を考え関わっていくまち(街)」を目指す、という。
 善かれ…とねがう。

*写真、(上)は小岩井農場から仰ぎ見る残雪の岩手山、(左)は休暇村岩手網張温泉ベランダから遠望遥かな早池峰山、いずれもお隣り雫石町の景*