どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

この子たちの将来は……

-No.0111-
★2014年01月10日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1037日
★オリンピック東京まで → 2387日



 宮城の地元紙「河北新報」が、沿岸部の小中学校長に行ったアンケートの結果。
 (これには、直接は3.11の被害を受けていない学校も含まれている)
 その70%近くが「生徒に震災の影響とみられる問題が現在もある」と受けとめ、さらに80%以上が「深刻な事態」の長期化に危機意識を抱いていることが明らかになった、という。

 具体的には、「家計の苦しい生徒が増えている……63.2%」を筆頭に、いずれも復興の遅れの影響と見られる事柄がならぶ。
 仮設住宅暮らしの長期化から、「家庭学習の場を確保できない……52.1%」「家庭内の問題で精神的ストレス……42.4%」「精神面で不安定……38.9%」。
 派生する問題として、「体力低下……30.1%」「学力低下……20.1%」「集中力低下……17.4%」。「部活動や遊び場を確保できない……20.1%」ことも大きい。
 「不登校……11.8%」が増えつつあるのも見のがせないし、学年が進むにつれて「進路や将来への不安……15.3%」が重くのしかかる。
 指導にあたる教職員たちにも、疲労とストレスが溜まってきている。

 いうまでもなく、なによりもまず大切なのは「保護者への経済的支援、住宅や就労の支援」であろうが。
 いっぽうに、震災・津波で親を亡くした遺児・孤児が宮城県だけでも約1000人にのぼる、ということもある。

 阪神大震災でも、こうした諸問題に直面し、深刻さは3~5年でピークに達した。
 それと同じ…ということはなろう、問題はより大きく深いはずだ。

 ぼくたち爺っちゃ婆っちゃが、このたびの《復興タグ&ペンダント》で「将来を担う子どもたちに教育支援を」と訴えるのは、こうした事態が目の前にあるからだ。
 いや、じつをいえば、ぼくらが被災地巡礼で出逢う多くは大人たちであり、彼らでさえ現状を耐えるのに苦しんでいることを想えば、その子らの窮状は、見かけの遠くおよばないところであろうと察せられるからだ…といったほうが正しい。
 逢う子どもたちはたいがい、懸命に本心をおさえた笑顔でこたえる。

 ボク個人のことを言おう。
 戦後すぐの混乱期に生を受けたボクは、ごくありふれた会社員の家庭に育った。
 「生活は楽ではなかった」けれども、まわりはもっと貧しい環境だった。ぼくは「いい家の子」の部類であった。
 のこせるほどの財産はない、かわりに子どもたちには教育を…というのが、その時代、戦後復興期の意識的な親たちの考えだった。
 
 おかげでぼくは、中高一貫教育の私立校に学ぶことができ、そこではさらに、もっと恵まれた学習環境を与えられて育った同級生たちがあることを識った。彼らはすでに、ぼくには叶わないものを身に着けていた。
 理不尽な思いはあったけれども、不満は少なかった。
 まぁまぁ、納得できたからだった。

 得心がいくこと…これが大切なんだと思う。
 学ぶことくらい平等でなければ、そのさきハナシにならない。

*(写真)は《3.11》から1年後、陸前高田市にある休校中の学校から海の方向を望んだ荒れ果てた情景*