どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“雪下ろし”がつらいと若い者も居ついてくれない

-No.0095-
★2013年12月25日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1021日
★オリンピック東京まで → 2403日



*24日から26日まで2泊3日の年末休養をいただき、観音崎に行ってくる。これはその間の先払い投稿…とでもいうのだろうか…の二日目*

 一晩の間に降り積もった雪の塊を、見よう見まねでスコップで切りとり、すくい上げ、ちょっと荷が重すぎたかと思ったけれども、やり直すのも面倒、なんとかできそうだったのでそのまま背後へ、振り向きざまに放り捨てた。
 その眼に、雲間から射しこめた陽光がキンと音がしそうなほどに眩しくて、庇おうと挙げた腕が身体のバランスを失わせ、ぼくはよろけて足を滑らせ、逆さまに雪屋根から転落した。
 「あっ」ともらした声が自分のものだったか、一緒に雪下ろしをしていた校長先生のものだったかは、わからない。

 ズボッとはまった眼の前が暗くなかったのは、落ちる勢いで雪壁が削られたためらしく、なんとか息もつくことができた。
 ほどなく脚を掴まれて、ぼくは雪穴から引き出され、「アブなかったな…」安堵の声をかけられて、初めて恐怖心がわいた。

 そこは北海道、旭川と富良野の中ほど辺り、美瑛町の演習林に近い僻地校だった。小・中合同の校舎は平屋で、校長先生の住宅と隣接していた。
 20代の放浪期。
 ぼくはこの家の客というより、季節居候とでもいったようなもので、凍てつく外とは別世界の、ガンガン燃えるストーブの傍で呑む、酒の旨さを身に沁ませるのが好きだった。

 酒にあきるとゴロッと横になるか、外へ雪下ろしにでるのが、きまりのようになっていた。
 体力にもゆとりがあって、このころの雪下ろしはレクリエーションだったが…。
 その後は、だんだんに、雪国各地から伝えられる「雪下ろしの屋根から転落事故死」が現実の重みを増していった。
 
 この冬も、そろそろその時期。
 年が明けると「雪下ろし」が本格化する。

 屋根にスプリンクラーで温水を撒き、雪を溶かす装置がようやく実用化された、という。
 年寄りが雪下し中に屋根から転落するのを防ぐための、装置は前からあることはあったのだけれど、ヒーターによる融雪は費用が嵩んだ。
 こんど実用化されたスプリンクラー式は、その10分の1くらい、30万円ほどで設置できる。

 開発者は福井県の職員さんで、機械工学の専門家。
 さまざまな試行をくりかえして、5年がかりで実用化したノウハウを、「雪下し事故をなくすため」工務店に無償提供…とは、年の瀬にちょっといい話しだった。