どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

正月2日一般参賀にでかけた日のこと…

-No.0093-
★2013年12月23日(月曜日、天皇誕生日
★《3.11》フクシマから → 1019日
★オリンピック東京まで → 2405日



 二重橋(皇居正門)を渡って、玉砂利の道を大勢の大人たちに混じって歩いた。両親に連れられて姉と二人、一丁前の正装だった。ほかに、子どもの姿は少なかった記憶がある。

 1月2日、恒例の一般参賀。もちろん、昭和天皇のころのこと。
 宮殿の庭に群がり立って待ち、皇族方が「おでまし」になると期せずして「ばんざい」の声がわきあがる。日の丸の小旗を打ち振る人もいた。
 ぼくは、なんだかよくわからないまま、儀式の場に立っていた…。

 帰りは別の門から出て、神田の「藪そば」で熱い汁蕎麦を啜ってやっと、ホッと人心地がついた気がしたものだった。キンチョーだったのである。
 その「神田の藪」が2月の火事で焼けて、いまは休業中。来年には新装で開店の予定だと聞く。

 天皇制と象徴天皇という存在に、疑問を抱いた時期もあった。
 血筋とか血統とかに、理不尽なものを感じた時期があった。
 天皇のため「ばんざい」を絶叫して死んでいった人々のことが、脳裡をはなれない時期があった。
 昭和天皇の崩御が、ぼくの人生の屈折に重なったこともあった。

 いまの天皇のご成婚で、おかしな言い方かも知れないが気分がほころんだのは確かだった。
 美智子妃との“テニスコートの恋”に、明るい陽ざしを感じさせられたものだった。
 
 たいへんな時代を、よくこそのりこえてこられた、と思う。
 さきごろ表明された、葬送と陵墓についてのお考えも、民心をしっかり汲みとっておられる。

 《3.11》後の被災地で示された、親身に寄り添う姿勢に「日本は天皇制でよかった」と、いまは思えるのが、うれしい。

*写真は、皇居二重橋から伏見櫓をのぞむ“記念写真”きまりのアングル*