どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

猪瀬都知事辞任で…木造“新”国立競技場のサプライズか

-No.0090-
★2013年12月20日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1016日
★オリンピック東京まで → 2408日

 猪瀬東京都知事が辞任した。

 もう、そうなることはワカッテいたから驚きはしないし、多くの方がいうように「遅きに失した」とも思わない。けれども、ボクの方がなんだか、ひどく気抜けしちまった自分に吃驚している。

 自信家になったときから彼は、自身の傲慢さにすっかり気を許し、周囲もそれを(感じは悪いけれども)認めた。

 石原慎太郎氏に、最初はつめたく「知らないよ」といわれながら、のちには副知事に請われたときあたりが、おそらく彼の絶頂期であった。
 傲慢な自信家の二枚看板は、小気味よくさえあった。

 石原前都知事が国政に復帰を決め、後継の「都知事は猪瀬くんで充分」と傲慢にも言い放ったとき、ぼくは、傲慢さでは負けていない猪瀬さんはきっと、怒るかフンと鼻で嗤うかだろうと思ったら、意外にもそうでなかったので驚いたものだ。
 猪瀬さんはこのとき、石原慎太郎という人物の政治家ぶりに舌を巻き、心酔したのだと思う。

 5000万円のことが起ったとき、猪瀬さんはヘルニアに罹ったような不気味さを身に覚えながらも、自信家で傲慢なじぶんに縋ればなんとかなるはず…とタカをくくっていた。
 ところが案に相違して、このとき、誰よりも、自身が自身をてんで頼りなかったのが意外で、それが彼を絶望的にうろたえさせ、頭の回転さえもとめさせた。

 どうしようか…混乱の極にいたときに、傲慢と政治の大先輩、石原氏が引導を渡しに来たのを、猪瀬さんは腹に大不快感を抱えながらも、縋りつくほどにうれしかったのだろう。

 政治家として素人、傲慢だった…と素直にいわれてしまったとき、だからボクは「よせやい、どうせならもうちっと、突っぱねてみせくれなきゃいけねぇよ」と思っていたのだった。

 つれない風情で、舞台は次へ。
 いまのところ興味はカラッポ、どうしようもない。
 
 猪瀬さんはオリンピックのことを案じていたようだが、庶民はぜんぜん心配なんかしていない。
 ちゃあんと代わる人がいて、きちんとやりおおせることを、知っている。
 ニッポンというのは、よくもわるくも、そういうお国柄なのだ。