どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

クローバーにくるまれたギヤマンの輝き

-No.0089-
★2013年12月19日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1015日
★オリンピック東京まで → 2409日

*もと「みんなの党」幹事長の江田憲司さん、立ち上げた新党の名が「結いの党」。政党名もカワッタ。それはそれでいいんだろうけれども、よくワカラない。〈政権交代を目指せる勢力〉の結集を、訴えるほうも、訴えられるほうにも、いまひとつワカリにくい。「絆」とか「結い」とか《3.11》後の言葉が、やっぱりムード表現でしかなかったことも、不安を抱かせる。“互助”が政治むきの精神かどうかも含めて、年末年始のざわざわ世相のなかでの、つよいメッセージ力を期待したい。だって、このままじゃニッポンがやばいものね…*

 いまはむかし…のことで、でも、ぜひ見ておきたかったな、というものがある。

 なにかの本で出逢った、こんな記述に胸が仄かに暖かくなった。
 「クローバーを別に“詰め草”ともいうのは、明治初期に〈ギヤマン〉と呼ばれ珍重されたガラス器が輸入されたとき、破損を防ぐために詰め物としてこの草が使われていたからである」

 そんなこととは露知らぬ子どもの頃、最初に「野の草」として印象されたのがクローバーだった。
 その手ざわりの柔らかさやさしさは、遊び場原っぱの、あの強情っぱりな雑草群とはまるでちがっていたっけ。
 そうしてクローバーはまた、その花茎で首飾り編んでくれた年上の女(ひと)の、忘れえぬ芳しさでもあった…。

 牧草としてのクローバーは『アルプスの少女ハイジ』を連想させ、この草を食んだ牛の乳ならそれだけで美味そうに思えた。
 
 そんな詰め草に埋もれて遥々と、船に積まれ送られてくる木箱は、揺り篭であったろう。
 揺り篭に、クローバーの産着にくるまれて眠る〈ギヤマン〉は、清らかであったろう。

 いま、ガサゴソしたプラスチックの詰め物で荷造りするとき、ぼくはいつも「クローバーの詰め草」のことを、ふと思ってしまう。