どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

林業も、もうじき女子の仕事か…

★2013年12月17日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1013日
★オリンピック東京まで → 2411日

 いま、林業女子が生き生きしている…という。
 「林業女子会@東京」なるサークルがあり、「女性による森づくり」に励んでいる。彼女たちを応援する男どもも少なくないらしい。嗚呼…。
 〈林業女子〉などと呼ばれること自体を嫌がる、本格的な山仕事人を目指す若い女性もいる、ほどだから半端な賑やかしなんかじゃないのだ。

 林業が産業としてたちゆかなくなり、男たちが山を離れだしてすでに久しい。
 戦後、植林された木々が育った森林は、いまが伐りどきだというのに、山村は高齢化社会で林業の担い手もなく、間伐などの手入れもままならないありさまである。
 もうじき、山仕事は女性のモノになるのかもしれない。
 
 こと林業にかぎらず、世の中ぜんたいに女性が元気、男性にいまひとつ元気がたりない。
 一部の分野には「女性の進出が遅れている」ともいわれるが、なぁに時間の問題にすぎまいよ。

 バスやタクシーの女性ドライバーは、もうふつうのことだし、“トラック野郎”の世界なんかもじきに昔話になりそうな按配。
 ハンドルは軽くなり、積み荷にも機械の助力があれば、男に限る職でもないわけなのだ。

 ぼくが思うに、まずいちばんに、女性(雌)のしたたかな生命力とサバイバル戦略に舌を巻き、男性(雄)の未来を憂えて、せめて人に生まれた幸運に感謝しているのは男性生物学者たちだろう。

 男性遺伝子の危機が、小声で囁かれているのは、女性にとっても、ひいては人類社会にとっても、事態がそれだけ深刻なことを物語っているではないか。

 そのことに対するDNAレベルでの気づきが、男性間にだるいような無力感を漂わせている気もする。

 ……………。

 ともあれ、オリンピック・スタジアム造りは「できるかぎり木でいく」ことにして、ここはひとつニッポン・ゲンキの起爆剤としたいところだ。