どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

鳩森八幡神社の“千駄ヶ谷富士”

★2013年12月09日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1005日
★オリンピック東京まで → 2419日








 11月28日、木曜日。国立競技場…番外。

 国立競技場の近くに富士塚がある。
 外苑の西、千駄ヶ谷1丁目の丘の上。スタジアム周辺を歩きまわった後の昇りがきついくらいの坂で、(ひょっとすると富士が見えるかも知れない)気がしてきた。

 この丘を反対側へ下れば明治神宮・代々木公園の広大な緑地エリアで、ひと月ほど前に国立競技場方面の遠望地をもとめて歩いたところ。あのときは地下鉄の北参道駅から帰路についたのだが、その駅にも近い。

 “千駄ヶ谷富士”とも呼ばれる富士塚があるのは、鳩森(はとのもり)八幡神社の境内。鳥居の脚に“富士山世界遺産登録”を祝う幟があった。
 富士塚というのは民間に広く流布した富士山信仰“富士講”にちなむもので、富士登拝を身近にあじわえるように、江戸を中心とする関東各地の富士山を遠望できるところを選んで築かれた。
 (その頃の富士山は女人禁制のお山でもあった)
 調査によると、都内には少なくとも190余りの富士塚があったといわれ、いまも多くがカタチばかり遺されているが、都市化の影響でほとんどの富士塚から富士山は望めなくなっている。

 千駄ヶ谷の富士塚は寛政元年(1789)都内最古の築造といわれ、ゴツゴツした岩肌や張り綱に手をかけて一歩一歩を踏みしめて登る、さっきの坂道よりもはるかに急坂のうえ、道幅が狭いので一度には一人しか通れない。コケたら怖いほどだった。
 
 自然岩の石段脇山腹には熊笹が茂り、小さな社や祠も配されて、富士山溶岩に覆われた頂上には浅間神社奥宮…という趣向が凝らされたミニチュア、高さはわずか7メートルほどながら、造る方も登拝する方もご苦労さまなことではある。

 ざんねんながらホンモノの富士は、懸命に背腰をのばしても望めなかった…。

 かわりに富士塚のすぐ脇、六角の“将棋堂”には高さ1m20cmという欅の大駒、御影石の将棋盤上にデンと構えているのがガラス越しに望めた。
 昭和61年に当時の日本将棋連盟会長、大山康晴15世名人から奉納されたという。将棋ファンなら先刻ご承知かも知れないが、棋力向上の守り神さまだそうな。

*写真は、鳩森八幡神社富士塚“千駄ヶ谷富士”秋景*