どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ごったがえした高尾山の週末

★2013年11月19日(火曜日)
★《3.11》フクシマから →  985日
★オリンピック東京まで → 2439日







◆ザンザ・ザンザと寄せ来る人波

 11月16日土曜日、京王線高尾山口駅前広場。
 紅葉シーズンの週末を楽しもうとする人々の出足は、予想をはるかに上まわるものだった。
 待ち合わせ時間の午前10時は、ジャスト・ピーク時でもあったらしい。
 到着電車から吐きだされる人波がたちまち広場を埋め尽くし、いくつものグループの輪ができては歓声と賑やかな喋り声ともに出発して行く。かと思えば、集合人数の顔ぶれが揃わず右往左往する逆浪もあり、大きな波のひとつが引ききらないうちに次の波が押し寄せる。
 駅では臨時改札の用意が始まり、イベント参加の一団を乗せてバスが懸命に広場を抜けだして行く。その間にどこからともなく「ケーブルカーはすでに1時間待ち」とやらの情報が耳にとどく…。

 誰も彼もが元気溌溂、意気軒昂。「さぁ歩くぞぅ」の気が漲り…。
 ボクは正直、出どころ間違えたお化けみたいな心細さで「帰ろかな」と想ったりした。
 仲間5人の、なかでボクだけがケーブルカーで登る申告をしていた。
 心臓と右太腿に動脈硬化があり、とくに上り坂のような場面では足への血の巡りが間にあわない感じで、下肢がいうことをきいてくれずに左右のバランスを欠く。
 縒れて喘いで、とても他人さまには見せられた姿ではないのだ。
 「ゆっくり行くからダイジョウブですよ」なんていってくれたりするが、とんでもない平気な人には平気なだけで、四苦八苦する者の助けにはならない、その手は喰わんゾ。

 ぼくはケーブルカー待ちの長い行列に並び、他の4人は手を振って登山道へ。
 運行7分間隔のケーブルカー待ちは30分ほどですみ、乗る前に後ろの列を振り返ったら、どんどんさらに長く増殖中であった。
 ケーブルカーの窓から登山道が見下ろせ、先行している仲間たちに想いがおよぶ。途中から軌道の傾斜がきつくなったあたりで、ぼくの方が逆転先行したことを確信し、なぜかホッとする。

◆無謀登山の弊害を…なげく“よれワン”
  
 下界コンクリートジャングルの眺めがよい山頂駅から、尾根道を薬王院へと歩く。
 山上の紅葉はまだ、山下ほどにはとき熟していなかった。
 けっして楽々とはいえない登り坂道で、ペットの小型犬に先を越される。
 向うからは早々と登拝をすませた高齢の方々が、足どりも軽く下りてくる。
 ボクはまた場違い感に誘われて「やっぱり帰ろかナ」と想う…。

 高尾山薬王院は真言密教のお山である。
 それらしい厳しさは、本坊から奥の院への急な石段登りでホンモノになる。
 ボクは、吾ながら情けないほどに喘ぎ、頻繁に足を停め、その事実を隠すために撮る気もないカメラをのぞいたり…その姑息さがじつにイヤらしい。

 それでもなんとか、歩きの仲間には少し先んじて山頂に辿りつけたから、ヨカッタ。
 天気は晴朗。
 「富士山が小さく霞んでましたね」といわれて、ぼくはあわてて風景に目をやる。じつはそれどころじゃなく、やっとここまで来ていたのだから。

 昼どきの山頂一帯は、まるで運動会の観覧席風景とでもいったらいいのか、坐る場所さがしにうろうろする始末。中の通り道をなお続々と登山者が往き来する。
 あらためて、すごいネ!
 下界に人気がなくなったのではないか…と思われるほどだった。

 山下りは皆と一緒に歩くことにした。
 登山では、上りより下りに注意を要する。足腰に負担が重くなるからだが、動脈硬化をもつボクの場合は逆に、身体の重さに任せて歩ける下りの方が楽なのであった。

 ふと…山道に救急車のサイレンらしき音がこだまして、山岳救助隊の派遣場面に遭遇した。
 老齢登山者が体調をくずしたとかで、1人の救助に8人が出動、車輛2台にバイク2台の大がかりなものだった。
 
 そこで、ボク“よれワン”は憂慮する。
 (“よれワン”とは、いまは縒れ縒れの元ワンダーフォーゲル…つまりボクのことを指す)
 あれだけ、くりかえし注意が呼びかけられているのに、高尾山登山にやってくる人たちの足ごしらえや歩き方には、信じがたいほど危険がいっぱいだった。
 タウンシューズのまんまの人、靴はいいのに履き方がでたらめな人、紐がゆるゆるの人、山道を無茶に駆け下りる人…人…人。
 呆れたことには山上に宿とてない道を、午後おそくになって上り始める連中すらあった。

 この日、入山した人の1割はあした外科医の世話になり、2割は将来に足腰の弊害を抱え込んだに違いない。
 
 いっぽう、結果なんとか頑張りとおした“よれワン”はその宵。
 〈いちょう祭〉の八王子の街で、仲間とひさしぶりの旨酒を酌み交わしたのであった。

 その夜枕にボクは、高尾山月明の闇空に滑空するムササビの夢をむすんだ。

*写真、(上左)は高尾山薬王院の紅葉、(上右)は薬王院奥の院、(中左)は高尾山頂からの眺望を楽しむ人々、(中右)は薬王院大本坊、(下)は八王子山岳救助隊の救援風景*